#くらす

丹後の天然素材を生かして、
自然にかえるくらしを

河田恵美さん

2022.08.28

#くらす #地元民 #Cエリア_栗田_由良

Cエリア_栗田_由良

海沿いの道から浦宮神社に向かい、昔ながらの瓦屋根の民家が並ぶ栗田地区銀丘。こまめに手入れされた軒先の草花たちが通りを彩り、丁寧な暮らしぶりが伺えます。
この一角で暮らす河田恵美さんは、2019年にベトナムから宮津へUターンし、「SAPO JAPAN」(以下、「SAPO」)という手作り石けんのブランドを立ち上げました。20年ぶりに戻った故郷への思いや、石けん作りについてお話を伺いました。

自然由来の石けんとの出合いを機に環境活動へ

——こんにちは、良い雰囲気の古民家ですね。

このあたりは戦後、海軍が引き上げてできた団地で、うちも終戦の前年にできたから、今年で築77年なんです。年数は経っているけど、建物としてはしっかりしているから住むには十分。Uターン後、空家を購入して工房にし、今は家族と暮らしながら石けん作りをしています。

——ベトナムにいた頃から、石けん作りをしていたんですか?

はい、そうです。私、向こうに行って数年間は、水質が合わず肌がボロボロだったんですよ。でも、青年海外協力隊の人からコールドプロセスの廃油石けんづくりを教わり、試しに作ってみたら、一気に治り感動してしまって。化学薬品や火を使わず、自然由来の素材だけで作るから肌に優しいし、使ったあとも水に溶けやすく、分解されて自然にかえる。改めて、自然の力ってすごいな!って。そこから、どんどん石けん作りにはまっていきました。
ちょうどあの頃、パートナーが突然難病にかかり、私も妊娠中で大変で、周囲にすごく支えてもらった分、自分も社会貢献したいと考えるようになって。それで株式会社を立ち上げ、コールドプロセス石けんを通して環境保全を呼びかけたり、観光客向けにワークショップを開いてリサイクルについて話したり。地域団体の一員として、行政と協力しながらビーチの清掃などにも取り組むようになりました。

コールドプロセス石けんは、4~6週間じっくり熟成させて作るため天然のグリセリンが生まれ保湿効果が抜群。熱を加えないためエネルギーも削減できます。

意外な出会いを機に急きょ方向転換

——そんな経験があったんですね。では、その事業を宮津でも?

最初は、海外経験を生かして通訳ガイドの仕事を中心にするつもりでした。でも、いざ戻ってきたら丹後地方って地域資源が豊富だし、丁寧な仕事をする作り手さんも大勢いて、「丹後の素材を使って石けんを作りたい!」って気持ちが強くなったんです。

——そんなに心惹かれるものがあったんですね。どんな素材ですか?

今、商品として出しているのは8種類くらいで、例えば、「べに芋」という石けんは、栗田エリアの飯尾醸造さんが「紅芋酢」を作る過程で出る紅芋の酒粕を使っています。栽培期間農薬不使用で育った紅芋は、それ自体の生命力が強く、大地の恵みをいっぱい吸収しているから、石けんにしても栄養分が高いんです。
あと、「自然栽培のお米」という石けんに使っているのは、養老エリアにあるズングリファームさんのお米。化学肥料や農薬に頼らず、お米本来の力を存分に生かす自然栽培で、手間暇かけて丁寧に育てたお米の米粉とぬかを直接取り寄せています。

——どれも作り手さんの丹念な仕事ぶりが分かるものばかりですね。以前、暮らしていた時はそういう魅力に気づいていましたか?

いえ、全然。海外生活を経験し、かなり見方が変わりました。昔は周りの大人が言う通り「宮津は何もない」と思っていたけど、今は、自然豊かで子育てしやすいし、お年寄りもみんないきいき農作業して、良い歳のとり方をしているなって。
それに、お米、野菜、魚介類、何を食べても本当においしい! やっぱり、ここは水が良いんでしょうね。宮津は山と海の距離が近く、たっぷり栄養を含んだ湧き水が陸地だけでなく、海底にも湧き出ています。だから魚介類が豊富で、宮津湾の海底の泥は臭みがなく、すごくきれい。それって、海流の影響や、宮津湾の「く」の字形の地形、それから何億年もかけてできた地層など、いろんな複雑な条件がうまく重なってこそ成り立つものだから、本当に奇跡だなって思うんです。

銀丘から臨む栗田湾。適度に潮の流れがある絶妙な海域で、大ぶりで濃厚なイワガキが育ちます。

見過ごせないオーバーツーリズム

——海外経験を経て、故郷の良さを再確認したんですね。

だけど、気になることもあって、一番はゴミの問題。海に行くと、観光客がBBQした紙皿やコップがそのまま捨ててあります。観光地としてPRするなら、同時に住民が環境を守っていることも発信しないと。このままでは深刻化しそうで心配です。

ゴミが散乱する栗田湾。海洋ゴミによる生き物たちへの被害は世界的に深刻で、2050年には魚よりごみの量が多くなると言われています。

——やはり観光による環境問題は気になりますね。

私がベトナムで住んでいたホイアンは、町自体がユネスコの世界文化遺産でした。素朴な雰囲気が気に入っていたんですが、その後、世界文化遺産に登録されてからは、年間16万人だった観光客が急増し、10年間で370万人に。毎日観光バスが50台ぐらいきて、ゴミの量もすごく増えました。
一度、町のゴミ処理場を見に行ったら、小学校のグラウンド3つ分くらいのところに分別されていないプラスチックゴミが10mくらい積み上げられていて。それが腐敗や発酵によって発火してダイオキシンが発生し、もうその場に5分いるだけで頭が痛くなってしまって。
ホイアンのこういう惨状を見てきただけに、宮津には同じ道を進んでほしくなくて。少しずつでも、みんなの意識を変えていきたいんです。

——意識を変えるとは?

例えば、買い物をする時、何を基準に商品を選びますか? 私は、できるだけ手元にあるものを長く使うようにしていて、この家もそうだし、タンスもおばあちゃんからもらったものを使っています。もし買うにしても、最終的にリサイクルできるか、土にかえるか考え、プラスチック製のものは控えることにしています。そうやって、誰か一人が持続可能な消費のあり方を意識するようになれば、周囲にもどんどん連鎖していくはずだから。
「SAPO」の石けんも、みんなの意識を変えてもらうための活動の一つ。天然の素材を選ぶだけでなく、パッケージもプラスチックの個包装を避け、一貫してサスティナブルな商品にし、「自然にかえろう」というコンセプトを伝えています。

明日の宮津を作るために

——帰国後にブランドを立ち上げて3年、活動の手応えはありますか?

「SAPO」のオンラインストアには「乾燥しないし、環境に優しいから気に入っています」という声がたくさん届いています。リピーターさんが多いので、コンセプトに共感してくれているんだと思います。
それと今度、この工房に地元の高校生が見学に来てくれるんですよ。「SAPO」のInstagramを見て、「石けんや環境問題の取り組みについて話を聞きたい」って。実際に石けんを作りながら、活動についてじっくり話すつもりです。

——将来を担う若い人たちには、ぜひ知ってもらいたいですね。

はい、私にできることって、活動を通して人から人へじわじわ伝えていくことしかないんです。そのきっかけを少しでも増やしたいから、今後は「SAPO」でも、手洗い用だけでなく洗顔用の石けんを新たに開発しラインナップを充実させるつもりです。
それと、宮津市とも連携したいと考えていて。ホイアンにいた時は、行政が「2030年までにホイアンをエコシティーに」と目標を掲げ、民間業者と協力しながら活動していました。行政が音頭を取ってくれれば、みんなの意識が徐々に変わっていくから。宮津もそうなってほしいです。

——それなら、ゴミを出さないよう仕組みから変えていけそうですね。他にも宮津の未来について考えていることはありますか?

仕組みということで言えば、今、日本では5つの自治体が廃棄物をなくすことを目指し「ゼロ・ウェイスト」を宣言していますが、なかでも徳島県上勝町が行う、ゴミの分別の細分化はとても参考になると思います。また、全国に先駆けてレジ袋提供を禁止した京都府亀岡市の取り組みも学ぶべきことが多いです。
すでに宮津市もSDGsを推進していますが、積極的な地域事業者を見える化するための認証制度を活用したり、地方からSDGsを推進する考えを示す「SDGs日本モデル宣言」をしたりすることで、住民や事業者が1つの目標に向かいやすくなると思います。

text : Ryoko Takeda
photo :倉橋慶一 白子あゆみ 辻井貴之 徳永明夏(今回掲載写真はカメラマン講座生撮影)

シェア

一覧へ戻る